沖縄県中小企業家同友会観光関連部会_守礼ネット会
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会員企業紹介:太陽ツーリスト(有限会社サニープラン)
サイト管理人
2011年 5月 20日(金曜日)
太陽ツーリストは、国際通に近いニューパラダイス通にある旅行代理店です。代表者の比嘉氏は、沖縄県中小企業家同友会の観光関連部会「守礼ネット会」の創立メンバーのひとりで、2010年度より守礼ネット会の部長も勤めています。企業経営のことや守礼ネット会の歴史など、さまざまなテーマで語っていただきました。
 
太陽ツーリスト(有限会社サニープラン)   太陽ツーリスト(有限会社サニープラン)
住所:〒900-0013 那覇市牧志1-3-31 太平ビル4F
電話:098-866-3315  FAX:098-866-3316
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設立:昭和62年
代表者:比嘉勤
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代表の比嘉勤氏(オフィスにて)

●太陽ツーリストを立ち上げるまでの経緯を教えてください。
私は昭和51年(1976年)に大学を卒業して、旅行代理店に入社しました。もともと旅行が好きで、大学でも自分たちで旅行サークルを立ち上げたほどです。オイルショックや沖縄海洋博後の景気の落ち込みで就職難でしたが、旅行業だけは沖縄で例外的に伸びている時期でした。
旅行業界は仕事が厳しく給料の面でも大変だけれど、10年間は我慢して業務を覚えようと頑張りました。
 

●旅行業の修行時代をへて、独立を果たしたのですね。
昭和62年(1987年)に、浦添市の城間で友人たちと会社を立ち上げました。就職してから10年後だから、ちょうど最初に決意した通りの独立でしたね。
平成16年(2004年)には、那覇市内の現在の場所に事務所を移しました。

 

●業務としては法人向けの仕事が多いのですか
旅行会社は営業担当者のカラーが色濃く出るものですが、私の場合もそうですね。前の会社に勤めていた頃から、社員旅行・町内旅行・視察ツアーなど、企業・団体相手の仕事を中心にしてきました。浦添・那覇を中心に、30年にわたるお付き合いのお客様もいます。お付き合いが長く続くのも、沖縄ならではの特色ですね。
割合としては、県内のお客様を対象とした仕事が8割、県外のお客様を受け入れる仕事が2割くらいでしょうか。
 

●今まで、どんな国に行ったことがありますか。
最初に入社したのが海外旅行の専門店なので、沖縄からの旅行者をチャーター便に載せて、私も添乗員となっていろんな国に行きました。アメリカ、ヨーロッパなど主だった国はたいてい行きました。
太陽ツーリストを立ち上げてからは、ロシア極東のサハリンに行ったことが強く印象に残っています。サハリンの資源などを視察するツアーを実施しました。どうやってサハリンまで行って現地で受け入れてもらうか、つても何も無いなかで、すべて手探りでした。東京のロシア旅行専門の代理店を通じて何とかサハリンまで行き、現地のガイドを雇いました。
その後はウラジオストクなど、結局ロシアには計3回も行きました。
 

●大きなツアーでは人数がどれくらいになるものですか
前に勤めていた会社でのことですが、約500名のお客様をチャーター船に乗せて香港へ行ったことがあります。私のほかにも添乗員が何人も付いて行きました。クルーズ船でのツアーが流行っていた時代でしたね。
 

 
セスナによる遊覧飛行(イメージ写真)
セスナ機での遊覧飛行(イメージ画像)

●今後は、どのような事業展開をお考えですか
セスナ便の代理店資格を持っているので、遊覧飛行のオプショナルツアーが実現できたらいいなと思っています。セスナ便はヘリコプターと比べて料金が安いなどのメリットがあります。
たとえば那覇空港から首里城周辺まで上空を遊覧するなら、15分か20分もあればできる。船便で伊是名島や伊平屋島へ行こうとすれば、那覇市から3時間以上かかって島で1泊する必要があるけれど、セスナなら50分くらいで行ける。粟国島や沖永良部島や徳之島などに行くツアーもできる。
どこかとタイアップしてオプショナルツアーができれば、沖縄観光のツールが増える。これが実現できたら、もっと自社のカラーを出せると思います。
 

 

●プライベート面ですが、比嘉さんを見て「大きいなぁ」と感じる人が多いと思うのですが、身長は何cmですか。
身長は182cmあります。高校から大学まで柔道をやっていました。小学校6年生で体重100kgを超えていたから、昔から近所でも有名でした。
でも体が大きいせいで、大学を出てから就職には苦労しました。「体が大きすぎて、入る背広がないだろう。オーダーメイドの背広を着させるだけの給料を出せない」なんて、会社の面接担当者に言われちゃうんですよ。
それで一年発起して当時130kgあった体重を7ヶ月で80kgに落として、やっと就職を果たしました。でもその後は酒のつきあいで体重が戻ってしまいましたが。

●ご家族は何名ですか
妻と、あと息子が2人です。子供は1人は就職して1人は大学生なので、ほぼ子育てが終わり自由に動けるようになった感じです。
 

 

沖縄観光業界について考えること

●沖縄の観光業界を長年見てきて、感じることはありますか
私が旅行業を始めてから、沖縄の旅行業界には3回の変動期がありました。
一つ目は、1990年代はじめのバブル崩壊の時。
二つ目は、9・11のニューヨークでの同時多発テロ事件(2001年)で、観光需要が落ち込んだ時期。
三つ目は、去年あたりから本格化した「ゼロコミッション」です。今まで旅行業者は、航空券発注のコミッション(手数料)を航空会社から受け取ることで経営が成り立っていたのですが、インターネットでお客様が直接チケット購入することが増えるなかで、日本の航空会社も旅行業者へのコミッションを廃止しつつあります。
それらの変動のなかで、体力のない業者、小回りの効かない業者が淘汰されながら、沖縄の旅行業界は再編されてきました。さらに今回の地震(東日本大震災)も、業界に大きな影響をあたえるでしょう。
 

●今後の観光業界の課題についてはどうお考えですか。
ほかの業種とちがって、旅行業者はセールスに行っても嫌われないのが強みです。お客様のほうから旅行の話を聞きたがって歓迎してくれる。そうやってお客さまに受け入れてもらったあと、どんな仕事に結びつけていくのかが問われます。
昔から沖縄の旅行業者は、大手旅行業者がやっていることを真似しすぎだと感じます。「切符を売り、ツアーをつくって募集して」という大手と同じことをやっていたら、競争に負けてしまう。小さな業者が生き残るには、小回りが効くこと、独自色ある経営をすることが課題でしょう。
 

 

沖縄県中小企業家同友会、そして守礼ネット会について

●守礼ネット会は、どのように設立されたのですか。
沖縄県中小企業家同友会ができて3年目くらいの時期に、私も同友会に入会しました。
当時は規模の大きな会員企業に合わせた講演会やプロジェクトが多かったので、少人数でやっている会社が多い観光業者にとっては、あまり身近なテーマに感じられなかった。そこで同業者が集まって、お互いに意見交換や悩み相談をしながら業界を発展させるのがいいのではないかということで、有志を集めて17年前に観光関連部会をつくりました。
全国の中小企業家同友会のなかで観光関連の部会をつくったのは沖縄が最初、その次が北海道でした。
 

●設立当初は、どのような活動をされましたか。
それまで沖縄県中小企業家同友会の行事のほとんどは公共施設を借りていましたが、できるだけ会員企業のホテルを使って開催するよう働きかけたが、当時の守礼ネット会です。
9.11ニューヨークのテロ事件で観光業が落ち込んだ時も、観光問題を考える集会を守礼ネット会が中心になって開催しました。三大行事以外で集会を実現したのも、沖縄の守礼ネット会が初めてです。
 

●最後に、今後の守礼ネット会の活動について希望することをお聞かせください。
会員企業には、同友会での活動を自社の商売にもうまく結びつけてほしいですね。会員のブログや守礼ネット会のホームページをみても、もっと自分のところの商品を宣伝すればいいのになと感じます。同友会の活動を一所懸命やってもらって、貢献した会員には自社の宣伝やビジネスに同友会を活用してもらうというのがいいと思います。

それから守礼ネット会として知恵を出しあって、オリジナルの物産とかパッケージツアー商品などをつくることができたらいいなと思います。全国の中小企業家同友会のメンバーがその商品を使ってくれたら特典をつけるなどのアイデアがあってもいい。
全国各地の観光関連の部会とのネットワークも広げたいですね。交流して情報交換しながら、お互いの商品をうまく使っていくということもしてみたいと思います。

 
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