沖縄県中小企業家同友会観光関連部会_守礼ネット会
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識名園
琉球国王の別邸として建設され、中国皇帝の使者(冊封使)をもてなす迎賓館としても使われました。沖縄式と中国式と組み合わせた優美な建築物と庭園が特長です。首里城の南にあることから南苑とも呼ばれました。
沖縄戦で破壊され、ほとんどの部分が瓦礫の山と化しましたが、1995年に復元工事が完成して現在の姿になりました。
2000年には「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として、首里城跡や今帰仁城跡などと共にに世界遺産として登録されました


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